アイデアの根

読んだ人に「得した」と思ってもらえるように、普段より一ミリだけ深く考えて書きます。ソーシャル、マーケティング、リサーチ、が主要テーマになる予定です。

ドーナツとしての人格

あなたは平野啓一郎を知っているか。

僕は、ほとんど知らない。

平野は東大生の時に『日蝕』で芥川賞をとり、この時はものすごく話題になった。当時、選考委員であった石原慎太郎から、激しくダメ出しされていたのを読んで、「選考委員からここまで貶されて受賞するというのはどんなものだろう」と、文藝春秋を買って読んだ記憶がある。

それなりにおもしろかったように思うのだけれども、それ以降平野の小説は一冊も読んでいない。

 

そんな平野氏が「人間の基本単位を考え直した」のがこの本である。

 

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

いつものように、この本を乱暴にまとめると、

個人(individual)の中には、

対人関係ごとに見せる複数の顔(分人:dividual)があり、

この分割可能な「分人」こそが人間の基本単位である、

となる。

 

話す相手によって、自分の対応が異なるのは、当たり前。

「たった一つの本当の自分など存在しない。対人関係ごとに見せる複数の顔が、

すべて本当の自分」であり、人格とは「複数の顔」の集まりのことなのである。

 

この視点から考えると、

そもそも「アイデンティティの獲得」なんてものが求められるのは、

放っておくと人格なんて一つにならないから、とも言える。

 

人格とはドーナツなのだ。

中心には「仮想アイデンティティ」が、疑似的に想定されるに過ぎない。

 

 ▼

この考え方自体は、そんなに目新しい話ではない。

前に書いた『なめらかな社会とその敵』では、dividualは、ジル・ドゥルーズの概念として紹介されている。

 (ドゥルーズ! 懐かしい。80年代ニューアカブームを思い出します。 最近再流行の兆し。国分さんもドゥルーズ本を出しましたね。読んでないけど。)

  

ドゥルーズのdividual論は、これまたざっくり言うと、

これまで、責任の所在を明らかにし、社会を安定させるために、

「個人」という概念を仮設定していたけれども、

今後は技術進化で分人を分人のまま分割管理できるようになっていく。

 

何度もいうが、分人という概念自体はそれほど目新しいものではない。

新しいのは、テクノロジーの進化によって分人が実態化していることだ。

 

ネットでの広告は、その人が見たサイトから関心を推測し、「あなたの関心に合った広告」を呈示してくる。グーグル検索は使っている人、使っている端末に合わせて検索結果を変える。

わたしたちの生活環境は、ゾーニングやフィルタリングで、わたしたち自身が気づかないうちに、管理されている。

望むと望まないとにかかわらずに。

それとひきかえに、自分のその時々の気分に従って便利に暮らしていけるようになっているのである。

 

この見方から、最近の「フェイスブック離れ」も説明できるのではないか。

フェイスブックで見た「友達」は「ぼくが知っている友達とは少し違って見える」ことがないだろうか?

フェイスブック上の彼は、ちょっとだけ気取っていて、ちょっとだけ肩に力が入っているように見える。

 

実生活で、「あなたとその友達との関係性から見えている人格(=分人)」と、

フェイスブック上で統合せざるを得ない、「みんなに向けた一人の人格」

との間に生まれる「ズレ」から生じているのではないだろうか。

(もちろん彼が、彼女作りとか就職活動とかのために、意識的に人格を変えている可能性もある)

フェイスブックは、人の生活まるごとを一つの名前で統合することで、不自然になってしまっている。

 

これからのSNSは人間の本性にしたがって、分人化が進むのではないか。

実際に、複数のアカウントでSNSを行っている人も相当数いるようだ。

たとえば、FBと比べると、LINEはこれまでの人間関係に近い。

こちらの方が、より自然なSNSだと思う。

 

 

では、分人化はビジネスにどのような影響を与えるのだろうか?

 

これは、今後いろいろと考える必要がある。

(といって逃げるわけではないですが、本当にいろんな影響があると思うのですよ)

 

ひとつ思いつきをあげると、ターゲット顧客の単位が分人になる、

ということはすなわち「関係性のターゲティング」になるということだ。

 

人は、子どもに向かうと時に父となり、同級生と会うと学生に戻り、仕事先といるとビジネスマンになる。

つまり、ターゲットは「向いている人との関係」で規定される。

 

敷衍すると、ビジネスの顧客を考える時には、

「誰か」だけでなく、「誰に向いている、誰か」までを考えなければならない。

 

さらに、「その人の中の、ターゲットとなる分人をどうやって呼び出すか」

まで踏み込んで、顧客設定していくべきではないか。

 

ざっくり言うと、どんな人でも「家庭向きの分人」「仕事向きの分人」

「趣味向きの分人」「仲間向きの分人」ぐらいには分けられる。

そして、その分人ごとに、モノの選び方は変わってくる。

どの分人もその人自身であり、どの分人で選んでも間違いではない。

 

その時に、あなたの商品を選んでもらうために、

どの分人で商品選びをしてもらうかを考えるということだ。

 

§

 

分人の考え方には、社会システム論もからみそうだし、行動経済学も関係しそう。

何か思いついたら、再度、考えを展開してみます。

 

きょうは、ここまで!

 

tanakata11